陶氏診療院

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親子は似ているものの世界
中国生まれの祖父は14歳の時、両親と離れて一つ下の弟と共に中国から日本・北海道の函館に渡りました。毛皮職人の修行を積み、20歳で東京に進出して自身の店を構え、商売を始めました。職人としての仕事は順調で、事業も成功しました。しかし太平洋戦争の影響で、やむを得ず上海に引き揚げることになります。戦乱の時代、生活できるだけのお金はありましたが、結果的には銀行の閉鎖と共に財産を失い、貧しい生活を余儀なくされました。その後、父が仕事を見つけ、一緒に生活を支え、祖父は80歳まで元気に余生を過ごしました。

父は東京で生まれ、7歳の時に両親と共に上海の日本人学校に入学しました。戦後、工業高校を卒業し、造船会社からタービン会社へと移り、安定した収入で家族を支えました。60歳で定年を迎え、その後は日本と中国・上海を往来しながら、今も91歳で元気に暮らしています。

私は中国のベビーブームの中で上海に生まれ、幸運にも大学に進学。卒業後は上海の病院に勤め、安定した生活を送っていました。しかし、西洋医学への疑問と世界を見てみたいという思いから、28歳の時に一つ年下の弟と共に日本北海道の札幌市へ留学しました。北海道大学大学院医学系研究科を修了後、西洋医学の医学博士学位も取得し、32歳から中医薬を実践する「陶氏診療院」を設立。それから28年が経ちました。順調に健康を回復される患者様の症例を毎年学会で発表し、常連の患者様に加えて新規の患者様も増え続け、健康の輪を広げることができています。

息子は札幌で生まれ、18歳でアメリカへ留学。26歳で札幌に戻り、診療院を手伝いながら自分の好きなことに取り組み、楽しい人生を歩み始めました。

祖父から四代にわたる軌跡を振り返ると、祖父は中国生まれで日本へ渡り、父は日本生まれで中国へ、私は再び中国生まれで日本へ、そして息子は日本生まれで中国との関わりを持つという循環が生まれています。このような巡り合わせが人生の軌道を描き、親子の似通った基本形を作り上げてきました。これからも歴史は繰り返され、さらに似た点が現れてくるかもしれません。自身の成功と幸せが子孫へとつながり、健康というキーワードが世代を超えて継承されれば、これ以上の喜びはないでしょう。
2026-01-20